大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所姫路支部 昭和35年(わ)360号 判決

被告人 松本剛

昭一三・一二・六生 学生

主文

被告人を禁錮三月に処する。

たゞし、本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三五年六月当時、神戸大学法学部二年生であつて同大学姫路分校自治会委員長であつたものであるが、同月一七日午後三時頃、姫路市中呉服町「やまとやしき」百貨店南西附近の通称五〇メートル道路中央の疾行車道上において、同大学学生約五〇〇名を指揮し、いわゆる日米安全保障条約改定反対運動の一つとして集団示威行進を行つていた際、姫路警察署勤務巡査藤原孝志が、同市西紺屋町四〇番地の一先の緑地帯上で、右学生らが当日の集団示威行進の許可条件に反し前記疾行車道上で蛇行進している状況を証拠保全するため写真撮影に従事しているのを発見したので、それに抗議をするため同所に駆けつけ、同巡査に対し、「警察がなんで写真をとるのか、フイルムを出せ」などと言いながら、同巡査の所持する写真機の肩ひもに手をかけてこれを奪い取ろうとし、同巡査の写真撮影を援護するため同行していた同署勤務巡査部長藤原光男が制止する間に、同巡査が同所から歩道の方に後退しようとするや、それを引き止めようとして同巡査の背後から両腕で同巡査に組みつくなどの暴行を加え、更に前記藤原光男らがこれを制止し、その間に藤原巡査が脱出するや、これに憤激し、「なんで逃がした、連れて来い」などと言いながら、同巡査部長の背広上着右襟をつかんで同人の身体を前後にゆするなどの暴行を加え、もつて同人らの各職務の執行をそれぞれ妨害したものである。

(証拠)(略)

(本件職務行為の適法性と公務執行妨害罪の成立について)

藤原孝志巡査の写真撮影行為及び藤原光男巡査部長の右写真撮影援護行為が、刑法第九五条第一項にいわゆる公務員の職務執行に該当するか否かについて考えてみることとする。

同条項には、単に「公務員ノ職務ヲ執行スルニ当リ之ニ対シテ暴行脅迫ヲ加エタル者」と定めてあつて、「職務ノ適法ナ執行ニ当リ」と定めていないから、公務執行妨害罪が成立するには、職務の執行が適法であることを要するかどうかは、問題である。

しかし、国家は、公務員の職務行為の円滑強力な遂行を保護すると同時に、個人の基本的人権を尊重するため国権の行使にも規制を設けているのであるから、公権力を行使する側における法規の不遵守によつて引き起された国民の側の法規不遵守に対して公務執行妨害罪としての刑罰を科するのは、近代国家の理念に反する。従つて、適法な職務行為でなければ本条の保護しようとする法益に当らないと解すべきである。

然らば、その職務行為の適法性の判定標準をどこに置くべきか。それは、国家が公務の円滑強力な執行を要請する度合と、国民の人権を保護する必要性の程度とに応じ、その軽重を勘案して判定されなければならないところである。要するに、本罪が成立するためには、公務員の職務行為が公務員の一般的又は抽象的権限に属すること、及び、少くとも、その職務執行当時において、公務員がその行為をなし得る具体的条件を具備するものと信ずるについて、合理的な根拠があると認められることを要すると解すべきである。

そこで、弁護人らは、藤原孝志巡査の写真撮影行為は肖像権の侵害であつて、たとえ犯罪捜査のためであつても、警察官が人の写真を撮影することは違法であると主張する。

もとより、人は、その承諾がなければ、みだりに写真を撮影されないという自由を有する。しかし、その自由も公共の福祉という観点から、正当の理由がある場合には、制限を受けることもやむを得ない。

警察法第二条第一項には、「警察は、…………犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。」と定め、刑事訴訟法第一八九条第二項には、司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査する権限と義務とを有することを定めている。そして、同法第一九七条第一項には、「捜査については、その目的を達するため必要な取調べをすることができる。但し、強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければ、これをすることができない。」と規定し、個人の権利に直接的、物理的侵害を加え又は国民に法的義務を負わせる場合については特別の規定を設けているが、その程度に達しない捜査方法は、何らかの意味において、人に不利益を及ぼすことがあつても、捜査の有効、迅速という公益上の理由があり、かつ、その方法が社会的に見て相当であると認められるときは、いわゆる任意捜査として許容されているのである。従つて、犯罪の嫌疑をこうむつた者は、捜査の対象として、その範囲における不利益を受けることはやむを得ないところである。

そして、人の身体の自由に拘束を加えるような方法による写真撮影は、いわゆる強制の処分として、刑事訴訟法第二一八条第二項に定める身体拘束中の被疑者撮影の場合を除き、原則として同条第一項の身体検査令状等の令状を必要とするのであろう。しかしながら、右の条項は強制処分としての写真撮影の場合に関する規定であつて、弁護人主張のように強制処分に該当しない方法による写真撮影について令状を要するものと定めた趣旨ではない。人に対する写真撮影が、強制の処分にわたらず、そして、捜査のために必要であり、かつ、公共の福祉の要請する限度を越えないものとして一般的に容認される方法による捜査行為であるときは、犯罪の嫌疑をこうむつた者の意思のいかんにかゝわらず、なしうるものといわなければならない。公道において衆人環視のもとに犯罪行為を行つている者に対し警察職員が、その証拠保全のために現場の写真を撮影することは、捜査のため必要な行為であり、かつ、適法な任意捜査の範囲に属する事柄であつて、尾行や張込みと同様、被撮影者の意思にかゝわらず、なしうるところである。その場合、裁判官の令状を必要とするとか、肖像権の名のもとに証拠の収集保全を否定するような議論は、甚だ失当である。

本件においては、被告人の指揮する神戸大学姫路分校の学生約五〇〇名が、いわゆる日米安全保障条約改定反対運動の一つとして集団示威行進を行うに当り、当日の集団示威行進の許可条件に反し、姫路市大手前通りのいわゆる五〇メートル道路の疾行車道を蛇行進していた際に、姫路警察署勤務巡査藤原孝志が、昭和二六年二月一日付姫路市条例第一号集会集団行進及び集団示威運動に関する条例第五条、第三条第一項に違反する犯罪ありと思料し、その証拠保全のために、右疾行車道と緩行車道とを画する緑地帯上において、右の示威行進の状況を撮影し、また同警察署勤務巡査部長藤原光男、同巡査宮本幹夫らが藤原巡査の写真撮影に対する妨害排除の任務に従事していたものであるから、右藤原巡査及び藤原巡査部長らの行為は、その抽象的権限に属し、かつ、犯罪捜査のために必要であり、また、その方法においても妥当と認められる任意捜査の範囲を越えていないものというべきである。従つて同巡査らの行為は刑法第九五条第一項において要求される適法な職務行為であるといわなければならない。

なお、弁護人らは、前記日米安全保障条約改定反対運動としての本件デモ行進を抵抗権又は正当行為等の名のもとに正当なものと主張するけれども、民主主義的な法秩序のルールが存在する以上、その意思表示はルールに従つてなさるべきであり、これを無視する方法による闘争手段は認容さるべきものではないから、本件の市条例違反行為を正当と認めるべき根拠はない。

従つて被告人が、同巡査の写真撮影行為を発見し、その撮影場所にかけつけ、同人が警察職員であることを確認したうえ、写真機を奪取しようとして同巡査に対して暴行を加え、ついで、被告人を制止してその間に同巡査を脱出させた藤原巡査部長に対して同様の認識のもとに、さらに暴行を加えた行為は、いずれも公務執行妨害罪を構成するものといわなければならない。

(法令の適用)

被告人の判示各行為は、刑法第九五条第一項に各該当するので、いずれも禁錮刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文第一〇条により犯情の重い藤原孝志巡査に対する公務執行妨害罪の刑に法定の加重をしたうえで、被告人を主文第一項の刑に処し、被告人の経歴、年令、その犯情など諸般の情状により、同法第二五条第一項を適用して、主文第二項のとおり刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用して、被告人にこれを負担させないこととする。

(裁判官 山崎薫 古沢博 緒賀恒雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例